2002.12.06(日本音声学会第306回研究例会参加備忘録)

まずはこの例会の目的を引用します。
「言語聴覚療法学や音声言語医学など音声を脳機能、コミュニケーション機能から考える視点と、音 声学・音韻論の視点は必ずしも緊密な連携を達成できていたわけではなかった。そこで、本ワークショップでは、音声学、言語聴覚療法学、音声言語医学など学 際的な視点を交えて、言語聴覚療法学・音声言語医学は音声学になにを期待するのか、音声学から脳医科学や療法学への期待があるとすればそれは何か、両者は 互いにどんなインパクトを与え得るのか、を検討し新たな進展の可能性を探索する」
まず、私の能力不足から発表全てを理解できていないことがあるが、少なくとも、
1)「脳機能地図を描くこと」が現在の脳研究において目的となっている、
2)1)の目的を達成する材料、あるいはタスクとして音声が用いられている、
という2点ははっきりしたように 思えます。1)に関しては、ある症状が見られて、その原因と考えられる脳の損傷部位を確認することから、その部位の機能を特定するという手法が長らく取ら れていたことからも明確だと思われます。最近では、それだけではなく、健常者に対してもあるタスクを課すと脳のどの部位が賦活するかを確認することで、脳 の機能を特定することができるとのこと(発表中「コネクショニスト・アプローチ」を言っていた気がします)。1つ目の全体の概観を除いて、4つあったワー クショップ発表のうち、3つがこうしたアプローチによるものであったと考えられます。当然のごとくと言いますか、ごくごく自然科学的アプローチでもって、 脳機能にアプローチしているのを肌で感じた気がします。ずっと頭を巡っていたのは、「こうした研究と言語『教育』はどこで絡んでくるのだろうか?」という 問いです。
2)に関しては、前川喜久雄先生の発表の中での発言で、非常に印象に残っています。言語学・音声学の研究によって明らかにされて いるものを刺激として用いている、つまり主知的な意味結合をしている離散的な刺激を用いている、とのことでした。結果的に前川先生の分類するところの「パ ラ言語」は現在の脳研究の射程には入っていない、との主張でした。ただ、前川先生の行ったパラ言語情報の判断タスクが脳研究で使われていても全く不思議で はないような気がしました。ある発話によって、疑念、驚き、などのパラ言語情報を受け取る場合の脳の活動状況を記述することで、新たな機能地図が描けるの ではないかと思いました。もしかしたら、すでにこうした研究は行われているのかもしれませんが。
ワークショップとは関係なしに、今回前川先 生が紹介したパラ言語情報の判断課題に関しては、私自身のやっていることとかなりの重複があるので非常に面白く聞きました。発話上のパラ言語情報の影響に 関しては田窪、他(1998)の前川先生担当箇所において説明されていましたが、それに対する判断課題を行っており、結果としてよく判断されることが分か りました(さらに非母語話者は困難であったことも分かりました)。
2つ気になった点を記しておきますと、一つ目はパラ言語情報の記述をどの ように行っているのか、という点が私としては気になるところでした。「中立」、「感心」、「疑念」、「落胆」という4つが用いられていたのですが、それら はどこから来て、どのように記述されたのか、という点です。私自身この点については苦労した結果、発語内行為を記述している先行研究(結局はAustin やSearle、イントネーションと絡めたTenchになりましたが…)を基にするということで落ち着きました(本当に落ち着いたかどうかは別として)。 二つ目は、パラ言語情報によって影響を受けているのは超分節音素だけではないということです。パラ言語情報によって、ピッチやアクセントが変化していた訳 ですが、それだけではなく母音の音色なども少なからず影響を受けていた、という点です。この辺りは、音声の連続的な特徴ゆえ、分析の非常に難しくなるとこ ろだと感じました。私自身の調査においても、発話におけるピッチのみで発語内行為を認識、伝達できるわけではないことは明らかとなっています。そのため、 今後はアクセントの動き、母音、なども加味して再分析を行う必要があるのではないかと改めて考えさせられました。
と、ここまで書いたら、な んか脳がどっかいってしまった感がありますが、全体として面白かったんですが私の能力ではうまくまとめきれないということがあって自分のことに引き寄せて 書いてしまいました。もしよろしければ他の方(16.12.2002)
と、上で感想を求めるコメントを書いたら(別にそれが原因ではなかったが)、田中さんが「会後感」を記していました。そちらもご参照下さい。