2002.11.20(広大附属での教育研究大会の備忘録)

先週、広島大学附属中・高等学校にて行われた教育研究大会1日目に参加した。ここのところなんだかんだと英語の授業を観る機会が無かったことと、自 分の非常勤先での授業での悶々としたものとの接点が見出せれば、というのがその理由である。まぁ同級生と会う、というのもありますが(そっちがメインと言 われそうですが…)。
中3、高1と連続した学年の公開授業が行われた。以下では、順に概要と私の気付きを述べることにする。また協議会中、指導の体系性に関する指摘が出たが、これについては後ほど触れることとし、以下では授業を切り取って見た人間としての気付きに留める。
中3の授業では、ノルマの教科書指導を終えた後に、「障害者に障害を与えてしまうちょっとしたもの」に関する スピーチの指導を行っているものであった。公開された授業では、スピーチの発表の際、必要となる間、リズム、ジェスチャーなどに気付かせ、中でも英語らし いリズムに着目させ各自のスピーチ原稿を練習させるというものであった。
一人の生徒に、まず一度準備したスピーチを読ませ、よかった点などを考えさせる。その後、スピーチコンテスト のビデオを見せ、それに近づけるにはどうすればよいかを考えさせる。この時に、音声的要素、非言語的要素、内容と分類しながら生徒から意見を集める。今回 は、音声的要素の中でも英語らしく話せるためにリズムに着目することとし、特に内容語、機能語への強弱配分が焦点化された。その練習をある程度した後(実 際はできなかったが)、最初に出た一人の生徒にもう一度読ませる、というところで本時は終了した。
気付きとして、まず個人的な好みなのかもしれないが、「気付かせる」作業が全体的に少なかったように思う。英 語のスピーチで英語のリズムに気付かせる作業(簡単なものでは教員が日本語的に、英語的に読むだけでもよいかと)が加わるだけで実感を伴うものになるので はないかと思った。それから、リズムを扱う上で、内容語、機能語に焦点が当てられた。後から聞いた話では指導者も分った上での焦点化とのことでもあるし、 好みの問題かもしれないが、やはり「話手の言いたいこと」が焦点化される点に気付かせてもよかったのかなぁと思った。生徒の意見を聞いた時に、「バリアの 場所」と言っていたが、これを取り上げずに品詞で処理をしようとしてしまった点はもし「言いたいこと」に焦点化していれば最高の意見だったのに、と思っ た。
また、内容語、機能語に焦点を当てることによっての弊害も考えられます。よくある定時性を考えて例えばメトロ ノームやリズムマシーンを用いること、についても同じですが、過剰適用して余計に不自然になることもあるのではという指摘もある。もちろん学習段階なのだ から、それがあってもよい、あるいはそれがあるうちはまだ十分に学習できていないんだ、と捉える向きもありますので、それでもよいとも思います。しかし、 「一区切りに一つ強く長く高いところがある」、換言すると、「トーンユニット(その他同意語)の中に主調子卓立が一つ」というぐらいに考えるのはどうだろ う、と思います。
この考えに立つと、今回しなかったことが幾つかあります。それは、作成したスピーチ原稿に記号などで書き込ま せることがなかったこと、それからスピーチ原稿を区切らせなかったこと、です。前者はまぁ統一した記号を用いるか否かは好みの程度によるとしても、どのよ うな調子でどう言うのかをきちんと記号付けさせる必要があったと思います(ただし、今回は内容語に丸なし四角なりは付いたわけですが)。後者は、一区切り の中に一つ特に強く長く高い箇所を見つける上では大変重要だと思いますし、ひいては英語らしいリズムを実現する上でも重要かと思います。
さ て、高1の授業では、Readers’ Digestから作成した自主リーディング教材を用い前時までに内容把握をある程度した上で、本時ではその要約を作成するというものであった。要約作成に あたり、100語程度で、という目標を設定し、それを達成するために10の質問を用意していた。それらへの答を結びつけるとほぼ要約になる、という寸法で ある。「ほぼ」となっているのは、各答がきちんと結びついておらず、文の主人公、対象物、文と文とのつなぎ、などを調整する必要があるからで、ここについ ても焦点が当てられている。要約作成後、生徒同士で読み合い、評価まで行う予定であったが、残念ながらそこまでの時間がなかった。
気付きと して、まず思ったのが、「手厚すぎないか」ということでした。10の質問を板書するのはよいとして、それに全て答えさせて、それに対する回答(あるいは解 答の方がこの場合よいかも)を板書していました。2、3個やって、あとは生徒で、というわけにはいかなかったのだろうかと思いました(実践もろくにできな い人間のつぶやきですのでどうかお気になさらず)。
もう一つ「手厚いなぁ」と思ったのが、各答を結びつける際、つなぎを考えないといけない し、難しい単語などは別の言い方をするわけですが、それにしても逐一教えて板書していた点です。要約のバラエティが出なくなるのでは、と思ったので、そう なると後ほどの評価での面白みが出ないかも、と考えたからです。ここまで書いて、自分が「気付き」志向の人間だなぁと思いましたので、これらの点はかなり 各人の好みによると思われます。
また、授業のほぼ全てを英語でこれだけの内容をこなしていたのには正直すごいなぁと思いました。
協議会で指摘されていた点ですが、10の文から要約を完成させる、というボトムアップよりも、読んだ文を数語で、1文で表してみようというトップダウンの方がいいのではないか、という点には、選択肢の一つとして同意するところでした。
そ れから、指導の体系性に関して、例えばスピーチだと中1時点の自己紹介から、今回のようなスピーチまで継続的に行っていて然るべきでは、という指摘があっ た。確かに、1年次から継続的に体系的に行うべきであろうと思われる。とは言え今回の授業が「ノルマの教科書指導を終った後」で行われ、また「1、2年次
に既に出ているかもしれない事項をスパイラルにかつ明示的に、さらにはメタ言語知識を養成するものとして」、行われた可能性を考えると、この指摘には若干 の留保の必要があるのではないかと思いました。
点で考えるよりも線で考えた方がよいというのは、ごくごく当然のことのようですが、「どの線」に乗っているかを判断した上でのことだろうと思いますので、こうした点は自分に言い聞かせておきたいと思いました。(20.11.2002)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です